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2022.01.31
「真のデジタル化の絶大な恩恵を希求せよ」━元ネスレ高岡浩三が描く日本逆襲のシナリオ

連載「金融・決済サービスをシームレスに」の2回目に登場するのは、数々のイノベーションを成し遂げてきた元ネスレ日本社長兼CEOの高岡浩三。

現在、日本企業のDXを支援するビジネスプロデューサーとして活動する高岡が、日本の金融・決済サービスの「あるべき姿」と、それによってもたらされる生活の変化を描き出す。

元ネスレ日本社長兼CEOの高岡浩三 

イノベーションの源泉は「問題発見」にある

「問題の解決は容易いことです。難しいのは、問題を発見することです」

元ネスレ日本社長兼CEOの高岡浩三はこう話す。なぜ問題発見が難しいのか。それは、問題に気づいていない、もしくは「解決できないはず」と思い込んであきらめてしまっているからだという。

「ネスレも、私が社長になる20年近く前の1990年代から売上が右肩下がりで、スイスの本社からはほぼあきらめられていました。日本のマーケットは少子高齢化でシュリンクしていくから仕方がないというわけです」

しかし高岡は、チョコレート菓子「キットカット」と事業者向けコーヒーメーカー無料レンタルプログラム「ネスカフェ アンバサダー」の大ヒットで業績を急上昇させた。これらはマーケティング事例としてあまりにも有名だが、成功の本質は問題発見にある。

社会現象にもなった「キットカット」の受験生応援キャンペーンは、受験のストレスや不安を解消したいという受験生の問題を抽出できたことで生まれた。食品になじまないとされたeコマースのサブスクリプションモデルである「ネスカフェ アンバサダー」は、バブル崩壊後のトレンドとなった経費削減で、オフィスの無料コーヒーがなくなったことによる喪失感をとらえたからこそ、ヒットにつながった。

加えて見落としがちなのが、これらが時代の変化に合わせて、現代のインフラとなっているインターネットに即した展開をしていることだ。情報伝達や流通の基盤が変われば、生活様式も変わる。旧来の手法に固執していては得られないベネフィットを逃さないという意味で、発生する問題を先取りしたともいえよう。高岡は次のように説明する。

「私の中では、どちらもDXの取り組みなんです。キットカットの受験応援キャンペーンをはじめたのは20年以上前ですが、何十億円も注ぎ込んでいたテレビCMをやめて、ブログを起点とした口コミが広がっていくことを目指しました。20世紀は、『自分だけが知っているニュースを人に伝えたい』と思っていてもあきらめるしかありませんでしたが、インターネットの普及によって、誰でもブームが起こせるようになったのです」

数字の目標が先なのがキャッシュレス遅れの原因

時代の変化とともに変わる問題に合わせて、ビジネスをトランスフォーメーション(変革)していく――。シンプルながらいつの時代にも共通する成功の法則を実践してきた高岡は、日本のキャッシュレス化の遅れをどう見ているのだろうか。

「DXの遅れと本質的には同じ問題だと考えています。DXの遅れがDX推進を目的化していることにあるように、キャッシュレスも推進が目的となっていますよね。普及率の数字が先に出てくるのが象徴的です。現在が約20%で2025年までに40%、将来的には80%を目指すのは結構ですが、普及させなければならない問題がどこにあるのか、普及させることでその問題がどう解決するのかが見えません」

もちろん、政府はキャッシュレス推進の意義やメリットを示しているが、現金からキャッシュレスへの移行を後押しするほどの“モチベーション”が刺激できていない。逆に、キャッシュレス先進国は、そうしなければならない“問題“があった。韓国はアジア通貨危機を受けて税収を確保する必要があったし、ケニアのナイロビは銀行強盗が多発していた。

そうした国々と比べ、日本は安全であることは間違いない。銀行や店舗が強盗に襲われる件数は相対的に少ないだけでなく、現金入りの自動販売機が路上に放置されている国は世界的にもほとんど存在しない。逆にいえば、現金がどこでも使えるわけで、わざわざキャッシュレス化する意味がないと考える人が多いのも仕方がないといえよう。

D2Cやギグワーカー急増でキャッシュレス化は待ったなし

ところが、状況は大きく変わりつつある。そう、コロナ禍だ。「非接触・非対面」の新たな生活様式に対応するため、社会のあり方が変わってきている。飲食ビジネスの形態として、飲食宅配が定着してきているのもそのひとつ。eコマースはもとより、D2C(Direct to Consumer)の直販体制への移行もトレンドとなってきており、顧客と事業者がダイレクトにつながるのが常態化してきた。そうなれば、必然的に決済もダイレクトに行われることとなり、働き方も大きく変わると高岡は言及する。

「顧客とダイレクトにつながるビジネスが当たり前になれば、当然ギグワーカー(※)がどんどん増えていきます。私自身、会社は設立していますが社員はほとんどいません。リモートワークの秘書とドライバーがいますが、それだけで全部の仕事が回っているのです。私だけでなく、今後はこうしたホワイトカラーのギグワーカーも増えていくでしょう」

※ギグワーカー:インターネットを通じて単発・短期で仕事を請け負う労働者

ギグワークを展開するうえで、代金回収が煩雑なタスクとなることは想像に難くない。多額になれば持ち歩くのも大変だ。その点、履歴が残り実質的な盗難の被害リスクが低いキャッシュレス決済の有用性は高いことはいうまでもない。また、ギグワーカーが働き手の一定数を占めるようになれば、決済だけでなく金融サービスでも、従来のように「個人だから、事業者としての規模が小さいから信用が足りなくて口座が開けない」といった対応では通用しなくなるだろう。「信用」の形も変わっていくということだ。 加えて政府は、「給与のデジタル払い」の解禁を検討中だ。解禁されれば早晩、給与と紐付いている年金や税金のデジタル化が検討の俎上にのってくるだろう。単に「現金がなくなる」のではなく、お金のパラダイムシフトが起こる可能性は非常に高い。

日本の問題を解決する金融・決済プラットフォーム

しかし、現状のままパラダイムシフトが起こると、大きな混乱を呼ぶおそれがある。なぜならば、決済サービスがかなり存在し、決済手段も多様化しているからだ。これらを使い分けるときの利便性の低さは、キャッシュレス決済サービスの利用者なら誰もが感じているだろう。この問題をいち早く発見し、解決のためのデジタルマネープラットフォーム「doreca」を構築したのがBIPROGYだ。

日本では、現在1,000以上の決済事業者が参入しています。決済手段もさまざまなサービスが乱立しているのは、1人のユーザーとしても非常に使い勝手が悪いと感じていました。誰かが1つにつなげてまとめる役割を担えば、利便性の向上につながると考えたのが、『doreca』を立ち上げたきっかけです」
(BIPROGY)

「doreca」の主要機能は大きく2つ。1つは、給与やバイト代※、保険金、経費精算などをオンラインで受け取れる「ダイレクトオンラインチャージ」。企業や政府からの個人への振込がデジタルマネーでできる機能だ。支払側が全銀システムを使う必要がないため大きく資金取引コストを減らせる。受け取る個人にとっても、わざわざ現金を引き出さずにダイレクトでキャッシュレスサービスが利用できるメリットがある。

※現在の労働基準法では賃金は原則現金のみでの支払いとされており、BIPROGYも賃金での当該サービスの活用はデジタルマネー払い解禁の法改正後を見込んでいる。

もう1つは異なるデジタルマネーの残高(バリュー)を自由に交換(移行)できる「デジタルマネーのバリュー交換」。さまざまな決済サービスに少しずつ残高が滞留してしまうのはよくあることだが、「doreca」ならばそうした事態を防ぎ、より効率的にお金が使うことが可能だ。高岡は、この「doreca」は日本の問題を解決するプラットフォームだと期待を寄せる。

価値交換基盤「doreca」

「日本の金融機関は、それぞれ異なったシステムを構築してきました。だから、20年以上前からフィンテックの議論が展開されていたのに、金融界ではトータルのフィンテックをどうしようという発想ができなかったのです。だからこそ、『doreca』のように多くのプレイヤーを1つにまとめて互換性を生み出すプラットフォームの存在価値は非常に大きいでしょう。日々の支払いだけでなく、給与や年金、税金まですべて『doreca』経由で行えば、決済の面倒なことがなくなりますし、今後急増するギグワーカーや個人事業主も働きやすくなります。強盗や窃盗、脱税といった犯罪も激減するでしょう」

オンラインで対話する高岡浩三とBIPROGY(写真手前)

個人情報への捉え方を変革すべきタイミング

高精度な消費行動データが得られるメリットも大きい。一人ひとりの生活に即したリコメンドは、より豊かな生活に寄与することは間違いないからだ。高岡も次のように話す。

「どの企業も一所懸命顧客の情報を収集して消費者の行動予測をしていますが、残念ながらうまくいっていません。今後も100%失敗すると私は断言します。自社のPOSデータをいくら分析しても、自社商品を買ってくれた人の情報しかわからないわけですから。決済サービスが限られている中国とは事情が違うのです。その点、『doreca』は本当の意味での行動データが収集できますので、デジタル後進国となってしまった日本が救われる可能性は十分あります」

一方で、個人情報に敏感な日本では、ハッキングへの警戒が強すぎて馴染むのに時間がかかるとの懸念もあるが、高岡は考え方を変えるべきだと主張する。

「デジタル化が進んだ世界では、個人情報は公的に管理されるべきだと考えています。もちろんそれは、国家や自治体が、個人情報を悪用せずセキュリティを万全にすることを保証するのが前提です。最初は居心地が悪そうと感じる人もいるでしょう。しかし、ドライブレコーダーが当たり前になったことで犯罪の様子が録画できるようになり、昔はあきらめていた裁判も勝てるようになってきました。それと同じように、『doreca』による金融・決済DXによってお金にまつわる情報を可視化することで、さまざまな問題を解決できる可能性があるのではないでしょうか」

プライバシーの尊重を大前提とした、高精度な消費者行動データの利活用。それによって、今では想像もつかないほど豊かで、かつお互いを尊重する社会規範が生まれる――そんな未来を描くのは、希望的観測に過ぎるだろうか。しかし、「お金」が社会の中で血液のようにめぐり、あらゆる活動のベースであることは古今東西変わらない事実。その動きを活性化することで発生する消費者行動データは、これまで気づかなかった問題を顕在化させる助けになることは間違いない。

「データの収集・分析が迅速かつ効率的にでき、問題を可視化できることがデジタルプラットフォームのポテンシャルです。加えて、給与の支払い・受取からお買い物の決済まで、チャネルは今後も無限に広がっていくでしょうから、適切な“マッチメイキング力”もデジタルプラットフォームに求められるようになると考えています。『doreca』をそれにふさわしい存在まで高めていくことが私たちの目標です」
(BIPROGY)

問題発見を促し、適切なマッチメイキングを実現させる。いままさに、社会を健全に成長させるイノベーションエコシステムが、『doreca』から構築されようとしているのかもしれない。

写真左からBIPROGYの向井剛志、北村哲史

text by 高橋秀和/ photograph by 西川節子(main cut)、安藤 毅 / edit by 松浦朋
(Forbes JAPAN BrandVoice 2021年6月21日掲載記事より転載)

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※dorecaは、BIPROGY株式会社の登録商標です。 ※記載の会社名および商品名は、各社の商標または登録商標です。 ※掲載のニュースリリース情報は、発表日現在のものです。
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